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 志津代もあそこまで思い詰めていなかったかも知れない

 もう自分には逃げ道がなかった。 人をひき殺した。 誰か知らない女だ。 彼らがなぜ女を殺す必要があったのかは知らない。 ただ、彼らを計ることは自分には出来なかった。 平然と人の命と運命を玩ぶ。信じられなかった。 考え出したら恐ろしかった。胃の中のものが這い上がってきそうなほど、苦しい圧迫感と見えない恐怖。何度も嘔吐(おうと)した。 全てが見えない糸で操られている。身動きすら出来ない。動いた途端に、糸を切られるように自分も消される。そもそも、どこに糸があるのかさえもわからない。 何か法則があるようで、全て彼らの思惑のうち。 彼らなら簡単に人を消すことが出来るのに、なぜ、自分という立場のものを欲したのかは知らない。それを詮索することも出来ない。だけど、意味があることなのだろう。 それだけはわかる。それだけしかわからない。 これは一生誰にも云わない。 云っても信じてもらえない。 何より自分の命が惜しかった。 喋れば人知れずに彼らなら殺すことが出来る。 この面会は“脅し”である。 男の視線が自分を計るように見ている。そして納得したのか、興味がないとばかりに逸らされ、立ち去った。 足がガクガクと震えている。 姿が見えなくなり、頭を抱え崩れた。 ***** 浦澤は来客が出て行った部屋に、まだ座っていた。ボッテガヴェネタ 財布
 桜庭がどれだけここで喚こうとも、変わらない。 若い時は憤りを感じて、暴走して、頻繁に上司から怒られた。 そして、身を持ってどうにもならない現実というものを知ったのだ。 人はなぜかを知りたがる。 そのなぜかも知る機会を失った。 残された者は永久にそれに捉われることとなる。 なぜ?あの時?どうして? ただそれだけだ。 ***** 須藤紀美代(すどうきみよ)は家を出て近くにある派出所に向かった。 この後、婚約者と会う約束をしている。 その前に、どうしてもこの件に関してすっきりさせておきたかった。 どこまで警察が動いてくれるかはわからない。 もしかしたら、警察も悪戯だと取り合ってくれないかもしれない。 けれど、何もしないよりましだった。 続く悪戯に耐えられない。 Sって何? 斜めの線は意味があるのか。 どちらにしろ気味が悪いことは確かだ。 書かれているのも、鉛筆だったり、マジックだったり、筆だったり、色々だ。 だけど、いつもは黒色だったのだ。 だけど、今日に限って赤。 筆で書かれたのだろうが、少し垂れた部分が微妙に滴り落ちる血を連想させた。 それがとてつもなく気味が悪く、怖かった。 悪戯にしても、ここまでくると誰だって我慢の限界だと思う。 カーディガンを握り締めながら、紀美代は思考に没頭しながら足を進める。ボッテガヴェネタ
第五章
 第五章 なぜこんなにも身が焦がれるのか。 いつから、こんなにも気持ちを持て余していたのか。 見つめるために、見つめられるために、忘れるために、忘れさせないために、求める温もりのために・・・・。 何も知らなかった時は幸せだった。そして現実を知り、事実を知り、揺るがない世間の掟を知り、絶望を味わった。 それから結婚して、一時の淡い柔らかい波のような幸せに身を任せた。 何にも揺さぶられることのない、穏やかな日々。 それと決別したのは自分だ。 全て自分で決めたことだ。 Sの法則が何だったのだろう。自ら手を下した後、何かがポタリと落ちた。 なぜ、あそこまで取り憑かれていたのだろう。 もういいと思った。Sが血が何だとういのか。 そのせいで貴之が傷ついていく。 終わりにしなければと思った。 貴之が自分の全て。 Sの法則を壊すためには、自分がいなくなることだと知った。 自分で選んだ道。 自分が欲したものは手に入らない。 最後の賭けに出た。 GPS機能の付いた貴之の車に乗って、貴之が追いかけてくるかどうかを・・。自分の気持ちに気付き、犯した罪に気付き、それでどんな顔をするのだろうかと・・・。 それでケリを付けようと思った。 すべて志津代が悪いのだと教え、貴之の負担を少しでも軽くしたかった。 貴之が姿を見せたら、最後に貴之の姿を見れたら、それで終わり。クロエ バック
 運転席の男は舌打ちする。 そして携帯を取り、「反対方向に向かった。計画はそのまま実行する」 低い声でそれだけを云い電話を切った。 そして車を移動し、途中スピードを上げ、女が立ち止まった時も減速することなく、男は女をひいた。 そう。やることは聞いていた。 そして、それをやったのは自分となることも了承している。 所謂、交換条件である。 だけど、女の恐怖で引(ひ)き攣(つ)った表情(かお)。 女を撥(は)ねる時にドンという鈍い音とともに、信じられない形で曲がった女の身体。 車にこびりついた赤い血。 そのまま車は走り去る。 後ろを振り返ることも出来ない。 恐らく通行人などが騒ぎ、今頃警察と救急車に電話をしているだろう。 恐怖に身体が震え上がる。 運転席の男はそんな自分に見向きもしないで、「しばらく時間はあるから、有意義に過ごせ」 それだけ云って消えて行った。 男の神経が信じられなかった。 それからずっと捕まるまで、ろくに眠ることも出来ずに映像だけが繰り返される。 早く捕まりたかった。 だけど、警察はなかなか自分を割り出してこない。 自分から警察に駆け込むことは許されなかった。 そう約束をしていたからだ。きっと、彼らが裏でタイミングを計っているのだろう。  あいつらは何者だ?それを僅かな時間で感じ取った尋常ではない空気に感じる疑問と、探りを入れれば間違いなく消されるだろう恐怖を味わっていた。ボッテガヴェネタ 財布
 現れなくてもそれは同じだった。 ただ、Sの法則に捉われていた、血に捉われていた自分の結末がどこに向くのかを知りたかった。 貴之が見せた表情で知った。 血は繋がっていなくても、姉は姉であること。 とても単純であった。 Sに捉われ続けていた自分には、いっそ清々しいまでの事実に笑みが零れた。 それでも、最後に愛する者の姿を目にした自分は幸せだ。 そして、沈む。 全ての思いを抱えて。 この思いは誰にも触れさせない。  深く自分とともに沈む。 愛している。 それだけが、志津代の全てだった。 ***** 結局、浦澤志津代の遺体は出てこなかった。 桜庭は煙草に火をつけながら、すっきりしない気持ちで己が吐いた紫煙を眺めた。 ゆらゆら揺れ消え行く紫煙のように、何から何まですっきりしない。 事実を知ったところで、何も変わらない。 本人の口からは、何も聞く事が出来ない。 全ては推測。 物的証拠は何一つとしてなかった。 上からの圧力がかかり、この事件は永久的に伏せられることになるだろう。 木下沙希はただの自殺として。 須藤紀美代は交通事故として。 有光園子は通り魔の殺人として処理される。 浦澤志津代のことは、内密に、事が運ばれる。 現実はこんなものだ。 第一の事件が起きた時からこういう気分になるだろうとわかっていた。取り巻く環境が余計な圧力をすでにかけていたので、第二の事件が起きた時に連続の可能性を示されて、出来ることなら関わりたくないと思っていた。それでも、ここまで後味が悪いものになるとは予想もしていなかった。ヴィトン 長財布
 彼女は彼女の思うまま成し遂げた。 沙希が自殺するということで、志津代の何かが崩れた。沙希の思いが、貴之を穢し、傷つけ、縛ることが許せなかったのだ。 それから、志津代は貴之への思いを募らせ、はやらせた。それに油を注いだのも、それを可能な状況にさせたのも自分だ。 Sの法則に自ら捉われた妻。 Sの法則を軌道に乗せた自分。 それがせめてもの自分なりの愛情である。 彼女が思うようにさせてやりたかった。 彼女のお陰で、こうして自分は潜入できた。きっと誰も疑わない。 志津代は自分の本当の目的なんて考えもしなかっただろう。 それでよい。 何も知らないまま、自分の思いだけを抱えていた彼女は幸せだっただろう。 浦澤は届いた箱を開ける。 妻である志津代の遺骨だ。 これが最後にしてやれることだった。彼女は遺体を発見されることは望んでいない。むしろ、弟である貴之に見られることなど。 ここまで自分がしてやるのは、自分の妻だったからだ。偽りであっても、それだけの敬意を払える女性だった。 しばらく眺め、それを志津代が大切にしていた写真とともに庭に埋める。 浦澤の妻はとても綺麗だった。 彼女が抱えている思いとともに、浦澤は綺麗だと思っていたのだ。 その思いが儚いからなのかも知れない。  その儚さを愛しく思っていたのだ。 一時の平穏。 それは終わりを告げた。 ***** 俊は大学の図書館でレポートに向き合いながら、貴之の様子を思い出して安堵する。 志津代が海に沈んでから葬式を出すまで、昏(くら)い眼をした貴之を見ていて、一時はどうなるのかと思っていた。 つらい中でも貴之は少なからず、前に歩くことを決めたようであった。 俊でも気持ちをどう整理したらいいのか、ジリジリとした思いを抱えている。 自分の知っている志津代は、綺麗で繊細で儚い人だった。そして、内にとても熱いものを抱えた弱くて、そして強い人だった。 貴之はそんな志津代と長年過ごしてきた。 姉を失い、姉のせいで恋人を失い、どこに気持ちを持っていくのだろう。 どう感じているのかなんて、貴之にしかわからない。 貴之自身もわからないかも知れない。それほどまでにいろんなことがありすぎて、何を思えばいいのかわからない事件であった。 その事件に静香を巻き込んでしまった。 それを考えると俊のきりっとした眉が、苦しそうにきゅっと寄せられる。 後悔している。 静香の左手の包帯を見る度に、胸に痛みが走る。 もっと早く自分が動いていれば、静香が怪我をすることはなかった。 志津代もあそこまで思い詰めていなかったかも知れない。 貴之だって、園子だって・・・。 だけど、俊が志津代の気持ちに気付いていたからといって、何が出来ただろうか? 優しい綺麗な志津代を思い出す。 小さな頃から優雅な所作で、綺麗な細い指で俊の頭を撫で可愛がってくれた。 志津代が微笑むと、周りが煌びやかになる。  そんな志津代が貴之への思いに苦しんでいたことに気付いていた。 貴之が志津代に彼女を紹介するたびに、志津代の微笑の美しい仮面は強固となった。 そんな志津代が結婚すると聞いた時、本当に驚いた。 志津代はいつまでも貴之を思って、独身でいるのではないかと思っていたから。 俊自身、複雑だった。 報われぬ愛をいつまでも抱くよりも、堅実な道を選んだ志津代。彼女の思いが綺麗であったから、いつまでも貴之を思っていて欲しいと、どこかで勝手に思っていたのかもしれない。 結婚を機に志津代は貴之から距離を取り出した。 浦澤氏とは良い関係を築けているのだと、俊は安心し嬉しかった。 彼の前で微笑む志津代は柔らかだった。 ああ、幸せになったのだととても嬉しかった。 だけど・・・。 本当はそうではなかったのだ。 悲しすぎて涙は出ない。どこを、何を、悲しく思うのか。何を、辛く思うのか。俊にはわからなかった。 ただ、誰も死んで欲しくなかった。 静香はだから最後まで志津代の傍を離れなかったのだろうか。 自分に危険が迫っているとわかっていても、逃げようと思えば逃げられたはずなのに、それでも、彼女は誰も傷ついて欲しくなくて志津代の傍にいたのだろう。 貴之はそのことにとても感謝していた。殺人を犯して、それが自分の恋人であったとしても、姉は姉だから、死んで欲しくなかったと貴之は云っていた。 そんな貴之の言葉を思い出す。その件については貴之なりに整理をつけたらしく、それに安堵していると今度は俊のことに触れてきた。 貴之は惚(とぼ)けた振りをして、聡い。 的確に俊の気持ちを突いてくる。 時には見ぬ振りをして、時には逃さず、俊の気持ちに合わせて、必要に応じて態度を変えてくる。 そういうところを見ると、大人だなっと思う。敵わない。 パーティの俊に置かれた立場のことを、静香に話すかどうか迷っている。 本当は静香に同伴をお願いした時に、その話もしようと思っていた。 だけど、思った以上に質問もなく、平然とこなしていく静香を見ていて、俊は話すタイミングを逃してしまった。 よく考えれば今更云うのもどうかとも思うし、静香に話してもきっと彼女のことだから、大したことではないと思うだろう。 だけど、それはそれだ。 今、現実として静香が無視できない状態になりつつある。 この件に関しても、俊が巻き込んでしまった。 自分がいる複雑雑多な大人の駆け引きの世界に、静香を巻き込ませてしまったかも知れない。 こんなことになるのなら、静香に頼まなければ良かったとは思ったが、貴之に話したように知り合えて良かったと思う自分がいる。 それに、静香だからうまく話が収まり、うまく行き過ぎてこんな現状になった。 俊もできれば、静香にこの件が大きくなる前にもう一度付き合ってもらえればと考えている。それを対処できるのは、静香しか考えられないのだ。 悪いなと思う気持ちと、静香と接する機会が増えるかもしれない事実に嬉しさをまたしても感じている。(どうしようか・・) 俊は小さく溜息をつく。 祖父が興味を示した事が一番驚きであった。どこで見ていたのか、静香と話してみたいと云いだしたのだ。祖父は財界の重鎮であるにも関わらず、その交友関係は幅広い。俊より年下の高校生と友だちだといって、紹介してきたりする。 そういう祖父だから、俊は好きで尊敬している。 俊は祖父には弱い。彼に頼まれたら否とは云えない。それに祖父がそう云いだしたのも、パーティ以降の騒ぎのことを察して、祖父なりの考えもあるようなのだが、こればかりは俊が勝手に返事をする訳にはいかない。 静香自身はしっかりと何事にも流されないのに、彼女は周りに影響を及ぼす。触れた者は、魅せられた者は、その澄んだ瞳や凛とした姿勢に惹かれていくのだ。 その静香が志津代が海に沈んだと知った時、迷いのない漆黒の瞳が一瞬見せた、どこまでも深い透明な闇のような光が気になっている。 すぐに視線は下に向けられてよくわからなかったが、俊はとても静香が心配になった。 ただ事件に巻き込んだだけではなく、彼女の何か大切なものに触れてしまったような気がしたから。 夏・・・。 俊はこれからのことを思うと憂鬱になる。 それに、静香に会えないのはなんとなく寂しい。 やっぱり誘ってみようか・・。 俊が誘わなくても、貴之が誘ってしまう気がする。 それなら、自分で誘う方がいい。 こんなことを考えていると、なぜだか、無性に静香に会いたくなった。 取り敢えずは、レポートをさっさと提出してしまおうとペンを走らせた。 ***** ホームから降りて静香は空を見上げた。 朝早くから出てきたお陰で、電車は比較的空いていた。 なぜかここに来たくなった。 二時間かけて電車に揺られ、この地に立つ。電車から降りた時に、熱を帯びた湿った空気がクーラーで冷えた静香の身体を包む。 静香が高校まで住んでいた街が視界に広がる。 ゆっくりと目的の場所まで歩き、それが視界に入ると眼を瞑った。トクンッ 心臓が緩やかに騒いだ。 静香は深呼吸をして、その波をやり過ごす。 志津代の最後の顔が忘れられない。 死を決意した顔は、とても穏やかだった。 だけど、認めない。 自分で死ぬなんて許されない。例え、どんな思いがあろうとも、自分で命を断つということは静香には許せるものではなかった。 人の命を奪うのはもっての他だ。 しばらくそこで時間を過ごした。 帰りも電車に揺られながら、志津代の気持ちを考えた。 どうして死ぬことを選択したのだろうか。 何度考えても、静香は気持ちでは志津代を理解できなかった。 貴之のために何を考え何を思い、死を選んだのか。 所詮、他人にはわからないことなのだろう。志津代もわかって欲しいなんて思っていないだろう。 怖くないの?――そう静香に問いかけた志津代。 自分はあの時何を云いかけたのだろうか。志津代に何を話そうとしていたのだろうか。 土曜は授業がなかったが、そのまま大学に顔を出した。 北館に行き、迷わず部屋をノックする。 大抵、部屋の主は土曜はここにいるはずだ。「どうぞ」 その声が聞こえて、静香はドアを開けた。「珍しい。蔦村さん、どうしたの?」 達宗助手は持っていた紙を机の上に置き、静香を見た。「いいえ。何となく達宗助手の顔が見たくなって」 静香は微笑む。 そう云っただけで、彼はわかったようだ。「もしかして、今日行って来たの?」「はい」「それは・・、今回の事件に関係することなのかな?」 どこかで静香が関わっていることを聞いたのだろう。 警察が事情聴取で静香を学校に訪ねてきたのだ。それを知っている人物がいてもおかしくはない。それに静香の左手には包帯は取れたものの、傷テープが張られている。「そうだと思います。本当はこんな気持ちであの場所には行きたくないのですけど・・」 どうしても行きたくなったのだ。「―――――」 達宗助手は黙り込んだ。「すみません」「謝られてもね。でも、こうしてここに訪れたということは、どういうことなのかな?」「どうでしょう?本当にごめんなさい。このことに関してはまだ自分でもはっきりとは・・」「そう。詮索しないで置こう。お茶を飲む?ちょうど、君が好きそうな紅茶を貰ったばかりだから」「はい。私が準備します」「お願いするよ」 そう云って、達宗助手は視線を紙に戻した。カチンッ 小さな音を立てて、カップをソーサーに置く。 達宗助手は黙ったままだ。 静香はそれがとてもありがたかった。助手に話すべき言葉が見つからない。ただ、前に住んでいた街に行ったのと同じ理由でここに来たかったのだ。 お茶を飲み寛いでいるところに、俊が顔を出した。「失礼します。――あれっ?蔦村さん、どうしたの?」「少し用事があって。山嶺くんは?」「俺はレポートを見てもらおうと。達宗助手、これお願いします」「わかった。印をつけたら、机の上に置いておくから」「ありがとうございます」 静香は飲み干したカップを洗い、出ようとする俊の横に移動する。「達宗助手、私もこれで失礼します。ご馳走さまでした」「ああ。またいつでもおいで」 静香はその言葉に微笑み、俊とともに部屋を後にする。 少し気分は落ち着いた。静香は俊に視線をやる。 俊はさっきから黙ったままだ。 彼にはたくさん助けられた。 きっと、俊は事件に巻き込んだと思っているだろうけれど、それ以上に静香は俊と知り合えて良かったと思っている。 俊は強くて温かい。そんな彼の傍にいると、静香の心も温かく落ち着く。「山嶺くん、この後用事ある?」「ないけど」「なら、どこか食べに行かない?お昼逃してお腹が空いちゃって」 そう云うと、やっと俊はほっとしたように笑みを浮かべた。「それはいいね。俺も昼を後回しにレポート仕上げてたから」 柔らかく微笑む俊に、静香も笑みを向ける。 くっきりしたアーモンド型の瞳は静香を優しく見つめている。 その視線に気恥ずかしさを感じながらも、真っ直ぐに俊を見た。 志津代の葬式以降は彼女のことを話していない。それぞれ思っていることはあるのは確かだが、言葉に出来なかった。 それととともに、あの時の二人の間に流れた空気には触れない。 それが不思議と温かい。 俊といるとどこか懐かしく感じる。安心できるのだ。「どこに行く?」 静香が問うと、俊は静香の家からそう離れていない創作料理店の名前を云った。値段もリーズナブルで雰囲気の良い店である。お金持ちなのに、気取ったところもなく、静香の帰宅も気にしてをさり気なく気遣うことのできる俊を好ましく思う。大人の男性だ。 静香はやっと日常に戻ってこれた気がした。 そっと安堵の息をつくと、俊も同じ気持ちだったのか小さく息をついた。 それが妙に可笑しくて、お互いに顔を見て笑う。 今はこのゆっくりと流れる時間が、とても愛おしかった。  ***** 貴之は墓の前に立つ。 ここに来たのは初めてだ。 園子や沙希の墓には何度も足を運んだ。 だけど、どうしてもここには来るには気持ちの整理がつかなかった。 貴之の腕の中には百合の花束がある。 それを置いて、貴之は手を合わせる。 姉の遺骨はここにはない。 それが自分にとって何を意味するのか。 どこに、何を語りかければ良いのか。 姉への気持ちをどこに向ければいいのだろうか。 全てが宙に浮いていて、墓の前でもしっくりとこない。 姉が亡くなって、貴之は初めて自分と志津代は血が繋がっていないことを知った。 両親が打ち明けたのだ。 今更知ってどうなるものでもない。 ただ、姉はそれを知っていたのだろう。両親は話していないと云っていたが、どこかでそれを知り苦しんだのだろう。 それに気付けなかったことが、とても悲しかった。 綺麗に笑う優しい姉。自分は姉の何を見て、感じてきたのだろう。「姉さん、ごめん」 貴之にはそれしか云えなかった。 兎に角、それを云うためだけにここに来た。 泣けてきた。 ただ、悲しかった。 ずっと、ずっと、なぜそこまでしたのかという思いで一杯だった。 姉を許すことは、姉がしたことを理解することは、特に園子には申し訳ない気がして、葬式でも泣くことが出来なかった。それに、姉はそこにいなかったから気持ちが自分でもわからなかった。 だけど、今は涙が止まらない。 やっぱり、死んで欲しくなかった。血は繋がっていなくても、志津代はずっと貴之の自慢の綺麗で優しい姉なのだから。「姉さん・・・」 貴之はただひたすら何もない墓を見つめ、涙を流した。 後日、浦澤氏は引っ越した。 姉と過ごしたあの家はそのままにしてあるから、いつでも利用してくれたらいいと貴之に云って去って行った。 去ってから気付いた。 義兄は帰ってくるつもりはないことに。 名義は貴之に書き換えられていた。 志津代に柔らかな温かい時を与えてくれた義兄。 その時を過ごした家。 それを義兄は貴之に託したのだ。 弟として、貴之はその家を守ることしか出来なかった。大切にしようと思った。 今、貴之はその家の庭を眺めている。 たくさんの花の中を、白いモンシロチョウが飛んでいる。 それを眺めながら、貴之はゆっくりと目を閉じた。 エピローグ 試験が終わった頃には、直子は森本先輩と付き合いだしていた。「それでね。ヒロくんが・・・」 直子の惚気が始まる。 それを微笑ましく思いながら、愛とはなんだろうと静香は思う。愛は何を生み出すのか。結局、誰も明確な答えなんて出せないのだろうと思う。 ただ、今回の愛は切ないなと静香は思う。 それと同時に静香に燻るもの。 須藤紀美代のひき逃げ犯は数日前に捕まった。飲酒運転だったそうである。 こんなに人が死ななくてはならなかったのだろうか?それは今でも思う。結果として人が四人も死んでいる。 それで結局誰も喜ぶ者はいなかった。 誰も何も得ることはなかった。 なら、なぜ死ななければならないのだろう。周りに悲しさを残すだけで、何が望みだったのだろうか。「またあ、静香聞いてる?」「うん」「もう!!静香も行くよね?夏だしキャンプ」 直子は正式に内海先輩と森本先輩が入っているサークルに入った。そのサークルで二泊三日のキャンプをしようという話になっているらしい。「だけど、私はサークル入ってないよ」「いいの静香は。あのサークルの中心は内海先輩だからね。内海先輩がいいといったら誰でもオーケーなんだ」「ふうん」 太陽が容赦なく照りつける。 たまにはアウトドアも楽しいだろうか? もうそんな季節なんだと、横で水着を買いに行こうとはしゃいでいる直子を見ながら、すっかり夏らしくなった空気を肌で感じた。 http://www.lionlaunchpad.com「ああ。あれは届いたか?」「助かりました」「順調だな」「そうですね」 そこで浦澤もお茶を口にする。 相手はいつも主語を云わない。そしてあちこちに会話が飛ぶのはいつものことだ。「―――後悔しているのか?」 カップを置いて、相手を見る。 何も語らない眼差しを見返す。「マスター、わたしは目的のためならどんなことも利用する男ですよ」「そうだな」「まあ、情がないということはないですね。これでも人間ですから。それでも躊躇いはありません」「そうか」 浦澤はさっき見ていた机の上に飾っている写真を眺める。「妻は自分の思いのために死んだ。それを手助けしたに過ぎませんよ。そのお陰でこちらもスムーズに動けるのですから。マスターこそどうなされたのですか?」 いつも冷酷な男がこういう話をするのは珍しい。「さあな。どう思っていようが、することには変わりはない。これから動きが激しくなる。相手側もそう馬鹿ではない。そろそろ準備をしておけ」「わかりました」 浦澤は微笑を浮かべる。 背筋がゾクゾクとする。興奮して気分が高ぶるのを感じ取る。 マスターが動き出す。 “時”が近いということだ。  ***** 窓越しに話す。「約束通りにした。これで大丈夫だろうな」「あなたが黙っている限り」 目の前の男は無表情に自分を見た。 初めて見る男だ。綺麗な顔をしており、自分よりは若いだろうことはわかるが、大人びている。vuitton 財布「わかっている」「なら、忘れたらいい」 それだけ云って、男は立ち上がる。 背中に冷や汗が伝う。 自分よりも若い男に恐怖を覚えている。 この前の比ではない威圧感。 一体、この恐怖はどこからくるのか。 自分はオレンジの収監服を着ている。 金に困っていた。 借金が膨れ上がり、何も出来ない状態であった。 その時にこの話を持ち掛けられた。 今まで家族たちに散々迷惑をかけてきたが、今回は相当やばいと思った。特に母親に迷惑をこれ以上掛けることは、愚かな自分でも許せないと思った。 だから、その状況を打破するためにこの話に乗った。 ただ、自分は云われたようにすればいい。それをリアルに見て、自分のものとし、自分の中に閉じ込めたらいいだけのこと。 それだけで今の状態を抜け出せるのなら、これ以上家族に迷惑を掛けないですむのなら、それでいいと思った。 連れられたあの日、自分のワゴンカーの助手席に座っていた。 その先にする内容も聞いていた。 彼らが本気なのも知っていたし、自分もそれをすると覚悟をしていた。 だけど、いざ、その時になったら震えが止まらなかった。 運転席の全身黒ずくめの男は冷静だった。 闇に溶け込み、その静けさが恐ろしかった。 しばらくして、マンションから女が出てきた。 女が歩き出した方向を確認すると、「ちっ」ポールスミス アウトレット
 証拠となる紙を持っているのでさえも嫌だ。 途中、誰かが紀美代の名前を呼んだ。 紀美代は立ち止まり、声が聞こえた方を探す。 道路を挟んで反対車線に人影が見えた。「須藤さん」 確かに自分の名前を呼んでいる。(・・・誰?) 目を凝らして相手を見ようとしたその時、急に車のライトが照らされる。 その眩しさに驚いて目を眇め、自分に向かってくる車を確認して見開いた時には、紀美代は鈍く響く音と共に物凄い衝撃で車にぶつかり、宙を舞った。 ***** ソファに座り、写真を眺める。 新婚旅行の時の写真である。 妻が好きだったイタリアに行った。 二人は笑っている。 自分たちは最高のパートナーだった。 温かく柔らかに流れる時間を共に過ごした。 感慨耽っていると、ふと、明るかった視界に影が差した。 断りもなくこの部屋に入ってくる人物はただ一人。 浦澤は顔を上げて、微笑む。「お久し振りです」 相手はふっと口元に笑みを浮かべ、ソファに座った。 突然の来客にお茶を出しながら、浦澤は男の向かいに座ると、男は口を開いた。「来客があったようだな」「ええ。まさかあなたが直接こちらに来られるとは思いませんでしたが」 男はお茶に口をつけ、不敵に笑う。「ホースを動かす」 浦澤はその言葉の意味を知り、自分も釣られて笑う。「へえ。それは面白いですね」ポールスミス 時計
 マスターが動き出した。 タイミングがいい。だが、これもマスターの思惑の内か。何年も彼の傍にいるが、彼の思惑を全て見ることはできない。 彼はどこまで見ているのだろうか。それを知る時はいつくるのだろうか。 考えるだけで、想像するだけで、鳥肌がたつ。暗い期待のもと・・。 だから、今はわかろうと、わかるまいと自分には関係ない。 自分は自分の目的を果たすことだけを考えればいい。 志津代と結婚した時を思い出す。 彼女が貴之に思いを抱えていたことを承知で結婚した。 志津代も浦澤が人脈を広げるために、志津代と結婚したことを承知していた。 浦澤がどこまで考えていたかは、志津代は知らない。自分の正体を全く知らないまま、彼女は死んだ。 彼女はそれだけを、表面だけを必要とした。だから、都合が良かった。お互いにそれ以上詮索はしなかった。「あなた、好きよ」 志津代が云う言葉はいつも洗練されている。 媚もない。「私も好きだよ」 そう云って、囁き、彼女を抱く。 優しい偽りの時間を共に過ごした。 それでも、自分たちにはそれで充分だった。 お互いに目的があったのだから。 彼女が亡くなる前夜、彼女はとても幸せな顔をして、結婚できて幸せだと云った。 それに応えながら、これが最後だと悟った。 終わりの気配を感じながらも、止めるつもりはなかった。see by chloe
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